ドイツに勝った日本株、円安時代のサインもともる
日本経済研究センター主任研究員 前田昌孝

公開日時 (1/5ページ) 2013/1/30 6:00

 28日の所信表明演説で14回も「危機」という言葉を使った安倍晋三首相の目にも、国民の自信の喪失が最大の危機に見えるようだ。どうしたら自信が持てるのだろうか。例えば、過去5年間の株価指数の上昇率を同じ基準で比較すると、日本株はユーロ圏で最強のドイツ株に勝っていた、などという分析は、勇気づける材料になるかもしれない。もう1つ、円の対ドル相場は1980年代から続いてきた円高トレンドが転換したシグナルを発している。円高時代の終わりが近いことを意味しているようだ。

 ドイツの株価指数DAXは統一通貨ユーロが発足した1999年1月4日には5252.36だった。14年後の今年1月28日には7833だから、この間の上昇率は49.1%になる。日経平均株価は99年1月4日が1万3415円89銭で29日には1万0866円72銭だから19.0%の下落だ。どう逆立ちしても、ドイツにはかなわないように見える。通貨統一の利点を生かして着実に成長を遂げたドイツと、3つの過剰の整理から始まり、デフレ不況から抜け出せない日本とで、大差ができるのは当然かもしれない。

 しかし、あきらめる前に2つの観点から比較の基準を合わせてみよう。第1にDAXと日経平均とでは計算方法に大きな差がある。株式の配当が払われても日経平均は上昇しないが、DAXは上昇する、つまり、DAXは配当込みの株価指数だ。そこでDAXの比較対象を日経平均ではなく、日本経済新聞社が昨年12月から公表を始めた配当込みの「日経平均トータルリターン・インデックス」に置き換えてみる。

 すると、99年1月4日に1万5963円13銭だった配当込み日経平均が、今年1月29日には1万5465円60銭になった。配当を含まない普通の日経平均と同様に、下落したことには変わりがないが、下落率は3.1%に縮まる。

 第2の調整は通貨を合わせることだ。99年1月4日の円の対ユーロ相場は1ユーロ=135円、それが29日には121円72銭になっていた。配当込み日経平均をユーロ建てに換算すると、99年1月4日が118.25ユーロ、29日が127.06ユーロだ。つまり、この間の上昇率は7.4%という計算になる。ユーロ圏の投資家は過去14年間、ドイツ株に投資していれば、値上がり益と配当とを合わせて49.1%のリターンを享受でき、日本株に投資していれば7.4%のリターンを得られたと言い換えることもできる。

 やはり「ドイツの勝ちだ」と言われれば返す言葉もないが、この種の比較はいつを起点に考えるかによって、まったく違った印象を引き出せる。例えばリーマン・ショック前の08年1月4日に投資を開始していたとすると、DAX指数は7808.69から7833へ0.3%の上昇。これに対し配当込み日経平均をユーロ換算した値は99年1月4日と全く同じ118.25ユーロから127.06ユーロへ7.4%上昇した。過去5年、日本株のパフォーマンスはユーロ圏の勝ち組をも上回っていた

 ユーロ建ての日経平均が上昇し、DAXに勝ったところで、日本の投資家にとってはこの間の円高・ユーロ安(1ユーロ=160円70銭から121円72銭へ)が引き起こした計算上のいたずらのようなもの。円建ての配当込み日経平均は大きく下落(1万9003円29銭から1万5465円60銭へ)しており、うれしくも何ともないかもしれない。ただ、1971年8月のブレトンウッズ体制の崩壊(ニクソン・ショック)から始まった超長期の円高基調の終わりを示唆するシグナルが点灯している。円安時代の始まりなのかもしれない。

 グラフに示すとおり、1ドル=360円の固定為替相場時代からの円相場は82年11月1日の278円10銭、85年2月25日の263円05銭、07年6月22日の124円07銭を結ぶ直線を支持線にして、下値を切り上げてきた。この傾向線をたどると、1月25日には90円29銭になるのだが、この日の現実の円相場はこれよりも円安方向の1ドル=90円55銭になった。大げさに言えば、「超長期の円高トレンドが破られた」(ある外為トレーダー)のである。

 誤差の範囲のような話だから、どこまでチャート上のシグナルを信じるかは別として、定石を言えば、下値支持線を割れば、今度はそれが上値抵抗線になって徐々に円安トレンドが形成されてきそう。週末にスイス・ダボスで開かれていた世界経済フォーラム(ダボス会議)でも、日本の円安誘導策をけん制する声はドイツや韓国など一部にとどまり、世界はむしろ日本のデフレ脱出や景気拡大を期待しているようだった。

 ちなみに、円の対ドル相場は超長期の下値支持線を割ったが、日経平均株価はまだ89年12月末の高値3万8915円87銭と、07年7月9日の高値1万8261円98銭を結ぶ上値抵抗線に押さえられている。29日現在でこのラインは1万1753円の水準にあるため、日経平均はあと900円ほど上昇しないと、超長期の下落トレンドを抜け出せない。

 しかも、仮にアベノミクスが奏功し、円安・株高が進んでデフレ脱却が実現するとしても、そこまでの道のりには曲折がありそう。みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは今の市場の雰囲気を評して「だるまさんが転んだ相場だ」と話していた。鬼が背を向けて10文字の呪文(じゅもん)を唱えている間に、気付かれないように鬼ににじり寄り、何かがあったら、さっと撤収しなければ、せっかく確保した利益が全部消えてしまうような相場だというわけだ。

 ところで、短期的な投資家はともかくとして、超長期で資産形成を考えるのならば、安いうちに仕込むのは鉄則だ。ファイナンシャルプランナーの尾藤峰男氏(びとうファイナンシャルサービス代表)によると、例えば1980年に米国のヘルスケア製品大手、ジョンソン・エンド・ジョンソンの株式を買って、今まで持ち続けていると、毎年毎年、購入元本の1.48倍の配当収入が転がり込むという。

 だから、退職後の生活が不安な新入社員は退職まで持つつもりで、何かの株式を買うといいかもしれない。グラフは主要国・地域の株価指数について、今の配当額(今の株価指数×平均配当利回り)を昔の株価指数で割った値だ。例えばニューヨーク・ダウ工業株30種平均は今の配当額が305ドル(1万3881ドル×2.2%)で、これを80年末のダウの964ドルで割ると31.6%になる。ジョンソン・エンド・ジョンソンほどではないが、毎年、投資元本の3分の1近い配当収入があるわけだ。

 他市場も80年末に投資した場合の配当率は香港株が47.7%、英国株が29.8%という具合。ドイツ株は一応、51.9%と計算できるが、株価指数が配当込みのため、実際にはもっと低いと思われる。残念ながら日本株は3.1%にとどまる。今後、もっとコーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化し、企業が株主のほうを向いた経営に努めれば、状況は変わるだろう。

 将来、配当収入で暮らすことを夢見るのならば、若いうちから株式の超長期投資を心掛けることは一案だ。もちろん失敗するリスクはあるが、途中で失敗に気がついても軌道修正の時間はあるし、お金が減っても働いて埋められるのが、若さの特権だろう。銀行預金しかしていなければ、退職後も元本を取り崩して暮らす生活だけしか待っていない。