アベノミクス株高に潜む リフレ政策の光と影
編集委員 永井洋一 公開日時 (1/3ページ) 2013/2/6 15:21

http://www.nikkei.com/markets/features/26.aspx?g=DGXNASFL060MI_06022013000000

 金融緩和と財政出動と成長戦略を柱としたアベノミクス(安倍晋三政権の経済政策)がデフレ脱却(リフレ)をもたらすという期待が一段と高まり、株価の上昇ピッチが速まっている。市場では1980年代後半のバブル再来をはやす声も聞かれ、久しぶりの日本株復活をチャンスとみた投資マネーが東京市場に流れ込んでいる。だが、歴史を振りかえるとリフレ(インフレ喚起)政策が失敗した時のツケの大きさは証明済み。加速する株高に潜むリスクを再点検する必要がありそうだ。

■伝統的な投資家ほど乗り遅れ

 「(ヘッジファンド 以外の)伝統的な投資家と運用経験の長い投資家ほど日本株に乗り遅れている」。先月末にシンガポールと香港の投資家を訪問した三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジストは、こんな実感を抱いた。特にドル建てで資産評価する投資家は日本株の為替差損リスクを意識し、株高と同時進行する円安に戸惑っていたという。

 裏返せば、こうした投資家の存在は、押し目買い需要の強さを示すのかもしれない。「株式市場の過大な政策期待や相場の過熱感は十分に分かっている。だが、米国が円安に文句を付けない間は、下りられない」。ある機関投資家のファンドマネジャーはこう話す。

 需給主導の印象が強い株式相場とはいえ、投資家がマネーをつぎ込むにはそれなりの理由が必要だ。日銀による2%のインフレ目標導入が先月決まり、政権の経済政策を後押しするような日銀新総裁の就任も市場は織り込みつつある。「1ドル=100円や来期の企業業績4割増も織り込み始めた」との声もある。それでは、足元で加速する株高は、その先にある何を織り込もうとしているのだろうか。

マネタイゼーションの気配

 「政府はマネタイゼーションに向けて動いている」。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは話す。マネタイゼーションとは、現金化あるいは貨幣化と訳されるが、一般に、政府が発行する国債中央銀行が紙幣を発行して引き受けること、すなわち、中央銀行による財政赤字の穴埋めを指す。

 マネタイゼーションの特徴は、財政政策の効果が切れるとはく落するので、所得の先食いをするように、追加の財政出動が求められ、そのたびに日銀の積極的な金融緩和(国債購入)が必要になることだという。河野氏は、2013年1〜3月期に続き、消費税引き上げ前の2014年1〜3月期と2015年4〜6月期にも追加財政が打たれる可能性が高いとみる。

 だが、こうしたマネタイゼーションは失敗するとその弊害も小さくない。歴史的に有名なのは、ルイ14世時代のデフレから脱却し、国家財政を立て直すため史上初めて、不換紙幣制度を発明した18世紀のフランスの財政家ジョン・ローのケースだ。

 ローは中央銀行を設立して銀行券を発行。信用創造による景気拡大を目指すとともに、民間経済活動の活性化のため、北米などでの貿易の独占企業である西方会社(ミシシッピ会社、後のインド会社)を設立。その会社に投機マネーを呼び込み、一大バブルがわき起こった。

 だが、そのバブルは間もなく崩壊する。ローの設立した会社は貿易で取り扱うような商品や資源といった資産の裏付けがなかったためだ。国家債務を会社の株式と交換する仕組み(デット・エクイティ・スワップ)だったため、株価暴落とともに財政再建も頓挫した。

■金融政策と経済成長のバランス重要

 ローの研究で知られる一橋大学の北村行伸教授は、ローの教訓について、リフレ政策は金融政策と経済成長のバランスが重要と話す。日本の1960年代のように両者のバランスが取れていれば有効だが、ミシシッピ会社を公共投資に例え、成長の源泉が乏しい場合、バブルの危険性が高まるという。

 一方で、もし、ミシシッピ会社が続いていたら、後の米国の成長とともにフランスの権益拡大につながったとも指摘する。20世紀までの経済モデルだけでアベノミクスの限界を判断する論調には警鐘を鳴らす。

 市場には、「長期金利が落ち着いているため、市場がマネタイゼーションを意識しているとは考えにくい」(三井住友銀行の宇野大介チーフストラテジスト)という声があるが、歴史をひもとくとリフレ政策の光と影はくっきりと浮かび上がる。買うから上がる、上がるから買うという状況に沸く株式市場は、いつの時代も変わらないが、「宴(うたげ)」は永遠に続くわけではない。アベノミクスを冷静に分析するタイミングが近づいている。