「守るべきは市民」が仁義

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孔孟の教えは仁に始まり義に終わる。仁義というと、やくざの仁義を切るを思いうかべるかと思いますが、もともとは仁も義も同じことで、仁は両親への尊敬・愛情をいい、義は仁を敷衍したもので兄姉に対するそれというのが本来の意味です。また。恒産無ければ恒心無し、ということばがあります。つまりは、定職が無ければ、民の心も定まらないというものです。儒教思想の生まれた中国では、戦国時代にそれぞれの地域に王国が存在し、王とは民を支配する側面はあるものの、それが何のためかというと民の生活を保障するための賢王として機能することが大前提でした。王は特別の存在であったわけではありません。民が中心という意味での民本思想がその原点にあります。そして力のある部族の長がのし上がったのが王なのです。この点、祖法の万世一系といわれる我が国とはルーツが全く違います。
日本の国柄は、建国記念日のとらえ方という点で国際比較をしてみると全く異色なことがよく解ります

世界の中で紀元前660年を設定しているのは我が国だけで、中国の建国歴史は夏殷周の紀元前2000年に遡りますが、建国記念日は20世紀です。国家統一のために官僚組織が作り上げた神国日本思想は、日本の諸制度に厳然として健在なのです。そして外国からの決定的な侵略を受けたことのない島国DNAがもたらした特異性なのでしょう。民主主義には相応のコストがかかるものといわれますが、明治維新と戦後の新憲法下の日本では、多くの課題を残して経済発展を果たすことが幸いにもできたましたが、今ここで、民主主義とは何かをもう一度考え直していく必要があります。その出発点は地方自治にあると思います。自治がしっかりしていないから、国の抱える諸問題が一向に改善、前進しないと言っても過言ではないでしょうか。
最近のコメントの中に、松崎市長は、ともの総会で「市はともを守る」と公言しています。とあります。守るべきは市民であって特定企業ではないでしょう。ご自由なコメントをお願いします。クリック
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