地方自治と民主主義の涵養のために 2

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2元代表制の最大の目的は、市長を頂点とした執行部と議会のそれぞれの独立性です。
中でも議会は、市民の便益・倫理的思考を代弁したものでなければならない筈ですが、はたしてその機能は当市の場合に満たされているだろうか。
民主主義では、便宜的に議員の多数決で1か0の選択となるために、首長による議会の恣意的与党化が図られると、民意が生かされないことの方が多く起きます。首長の多選化はそのことに拍車をかけることになるが、お任せ民主主義で寝ている市民が多くなると、そもそも、理性的にものごとを判断することを市民自身が怠ることにもなります。

アンケート調査や多数の署名誓願があっても、委員会、議会での否決に会あえば、民意は簡単に踏みにじられます。法的には、首長と議会それぞれには、ほぼ対等ともいえる権限が付与されていると考えられています。しかし、議員は次期を目指しての支持基盤を固めようとするため、理念無き議員は行政寄りの発想、行政のイドラに支配されやすい環境にあります。
市民側から想定されているのは、執行機関と議会が互いに議案を出し合い、時には牽制を交え、よりよい制度や予算案を作りあげるということなのですが、現実的にはその期待には沿えていません。

浦安市は近隣の市町村、たとえば八千代市などと違い、首長と議会が一体化し恣意的市政運営の状況にあります。補助金も恣意的、各種の住民との摩擦案件も恣意性によってねじ曲げられた状況にあります。加えて、情報の非開示・コントロールというやっかいで不都合な真実もあります。

一例として挙げるならば、今回の市長選で首長自身の発言からわかったのは、液状化対策に国のガイダンス以上の厳しい100戸単位の住民の合意を条件付けたということがあります。市民には国の方針としか知らされていなかったし、市民はそれを盲目的に信じただけであったのです。100%の合意を前提というならば、小ブロックごとに切るか公の負担で実施できる方式をとらなければ、市長のいう「絵に描いた餅」なのです。

議会は役所組織が立案した政策を形式的に議決するのみで、議会の現状は完全に追認組織にしか過ぎないということもできるでしょう。
政策議論が行われやすい常任委員会においても、住民から見えるところでは行われず、住民の立場に立った行政サービスが十分に提供されていません。
「お友達」にならないと政策を実行できないと、選挙後に首長と議員が結びつくという、安易な転向議員も出てきます。

このような閉塞感を打破すべくいわゆる「改革派首長」を目指した候補が立ち向かっても、現職以上の選挙上の巧緻性を持たない限り、改革は不可能となっているのが現状です。現在は二元代表変じて一元代表制となってしまっていることを市民が認識していないという不幸な状況にあります。

首長が議会を懐柔し、独裁的な権限を発揮している限り、真の民主化はおぼつきません。
ではどうすれば良いのか。それはやはり「市民参加で議会を変える」ということになるのではないでしょうか。美人投票や一過性の投票義務と考えるのではなく、確かな議員選出を一人一人の選挙民が日頃から心がけるということなのです。直前の宣伝カー情報に拠るのではなく、何を一人一人の議員が4年間にしてきたのか、ブログ・ビデオ・掲示板等で検証してみることも役に立つかと思います。ちなみに、このブログの右上の検索蘭で議員名を打ち込んで見ることも、情報として役に立つと思います。

来年4月は浦安に「民主主義を市民の手に取り戻すかどうか」が焦点の選挙となるものと考えています。

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