政治風土と市民の役割

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政治家の倫理基準には、合法的かどうかという法論理が根底にあります。悪法であっても法は法、ざる法であっても法は法、最悪なのは中央と組んでの補助金依存とその仕組みを利用した補助金マジックの暗躍です。福祉に名を借りたものから貧困ビジネスまで幅広く蔓延しています。副産物として、今や、ホ-ムレスが消えて 生活保護世帯が急増する妙な時代となりました。
為政者は法の前に仁義が存在することを理解出来ておらず、保身に汲々、民主主義を睥睨して運用しているに過ぎまません。社会の組織構造が複雑化すればするほど、倫理的退廃の危険性が増大化し、民が気がついたときには手遅れの段階に至ります。その意味で、民の無関心による責任は大きいと言えます。

最近、友人の多くから、日本は憲法改正して大統領制(あるいは首相公選制)にしなければいけないという話を聞くようになりました。 国政は議院内閣制、自治体は2元代表制という使い分け基準が制度疲労の極に達したということでしょう。 2元代表制は市民の怠惰によって(低投票率)、このブログでは限界・問題点が大きいことを指摘してきました。市民が復権しない限りこの問題は解決しません。他方、国政においては、議院内閣制による間接的選挙によって回転ドア首相を輩出する愚を繰り返すに至っては、大統領制以外に解決法は無いものと考えるのも当然のことです。当然、憲法改正を課題の一つに掲げた救国内閣を総選挙で発足させなければ、何も進まないという時点に来ているものと思います。国政では、目先の弥縫策も大事ですが、国家の根幹を革新する強いリーダーに任せ、まずはやってみるということでしょう。

また、こういう話も良く聞くようになりました。自分は身近な町のことで自治会にも参加している(だから正常な政治意識はあるはずだ)、というものです。しかしよく考えてください。参加しないよりした方が良いのかも知れませんが、自治会の実態というのは行政機関の下請け機関化しており、政治の方向を決めていく、つまりは民主主義の追求という点では、別物であることを理解しているのでしょうか。極論すれば、結局はバラマキ促進に荷担しているだけではありませんか。

いま、全国の自治体は病んでいます。議員は就活目的に市を利用しているに過ぎず、30人いればホンの一握り程度の議員が議員らしい仕事をしているに過ぎません。正常でない市議会はバラマキ与党化し、市政を牽制する役割を放棄しています。市議会議員のそれぞれの顔と実態をつぶさに知れば、 政治に向き合う市民の姿勢は様変わりするものと思います。ご自由なコメントをお願いします。クリック
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政治風土と市民の役割 への1件のコメント

  1. 長屋の爺 のコメント:

    Adminさん、私の胸の内を100%語って頂いたような気がしました。為政者の多くは2つの顔を持っているように思えます。1面に仁義顔の仮面をかぶり素面は強欲顔を裏に潜める、片方で市民のためと言いながら特定団体の庇護を公言する。老人会、自治会では素面は見せない。市民はバラマキ政治に浸かる。「悪政は善政を駆逐する」「悪政治家は多選を善政治家は多選を禁止する」ようです。卑近な例でみると佐藤栄佐久福島県知事、田中康夫長野県知事、中田宏横浜市長、などバラマキ政治に敗れました。地方自治が叫ばれていますがこんな状態で分権されれば格差が広がるばかりです。気が付いた時には取り返しのつかない手おくれになっているのではないでしょうか。単に市民が選んだ責任では済まされないでしょう。

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