ここにも住民の声と行政との落差という現実がある。単にそんなものだと見るのではなく、Whyと考えてみることが必要だろう。莫大な費用なのだから。
そびえる防潮堤、戸惑う住民 震災6年半、被災3県で進む建設
2017年9月12日05時00分 asahi
建設が進む防潮堤=10日、宮城県気仙沼市本吉町中島、本社ヘリから、迫和義撮影
東日本大震災から11日で6年半を迎えた。岩手、宮城、福島の3県は防潮堤を591カ所(約390キロ)で計画し、9割近くで着工、竣工(しゅんこう)しているが、宮城県気仙沼市などの少なくとも5カ所で住民が反対している。着工・完成した地域でも、その高さに戸惑い、まちをどう再建していくのか揺れている。
■「海見えず危険」 県「命守るため」
気仙沼市日門(ひかど)地区。県は高さ9・8メートル、長さ280メートルの堤防を計画している。今年5月、地元公民館に20人ほどの住民が集まり、県の説明会が開かれた。「青い海を見ながら暮らしたい」と反対する住民に対し、県は必要性を訴えた。
会も終わりに近づいた頃、意外なところから反論が出た。県とともに住民の説得に当たるはずの市の担当者だった。「住民や店を営む人たちが必要ないというのであれば、それを受け入れていいのではないか」
会場は静まりかえった。県の担当者は「重い意見だ」と絞り出すのがやっとだった。
「6メートルは高すぎる。海が見えず、危険が増す」。昭和チリ地震の津波も経験したという82歳の漁師は声を張り上げた。今月8日、石巻市表浜地区。住民十数人、県側の5人が漁協に顔をそろえた。6メートルの防潮堤を港の周囲に造る計画について、意見交換会があった。
漁師は「なぜ意見を聞いてくれないのか」と食い下がったが、県の担当者は「国の指針に沿って堤防を計画している」。来春までに地元合意を取り付けたいとしている。
巨大堤防建設の発端となったのは、2011年6月の政府の中央防災会議専門調査会だ。数十年~百数十年に1度の津波を防ぐ高さで整備することを決めた。現在、34都道府県で防潮堤の計画を策定し、一部で工事が始まっている。
死者・行方不明者1万8440人。戦後最大の災害に対し、政府や自治体は「『想定外』はない」「命を守る」との決意のもと、住民に高台移転を促し、防潮堤のかさ上げや新設に踏み切った。宮城県の村井嘉浩知事は「頑固だと言われるかもしれないが、県民の命を守りたい」と話した。
建設が始まった地域も、悩みは深い。
石巻市雄勝町。最大9・7メートルの計画に対し、「海と共に生きてきた雄勝の文化が失われる」との反論もあったが、「まちづくりを遅らせるわけにいかない」と県は昨年4月、着工を決め、工事が進んでいる。
人口約4千人。津波は過疎化に拍車をかけ、巨大な防潮堤計画は町を二分した。人口の7割にあたる2千数百人が町を離れ、とどまったのは約1千人。防潮堤で町の様相は一変するが「雄勝を捨てるわけにはいかない」(住民の一人)と、堤防と共存した新しいまちの形を模索している。
岩手県は整備予定の134カ所のうち、住民の要望を受けて16カ所で高さを下げた。釜石市の花露辺地区では高さ14・5メートルの防潮堤計画があったが、完成に5年かかることが判明。住民らは高台移転と避難路を造る代案をまとめて建設の撤回を求め、県も応じた。町内会長だった下村恵寿さん(68)は「海が見えず、漁ができなければ集落は崩壊する」と話した。
福島県では101カ所のうち半分で完成している。従来の堤防を1メートルほどかさ上げしたところが多く、反対運動はなかったという。
■合意方法など、全国に影響
防潮堤の要不要、高さや合意の方法は、被災地だけの問題ではない。
温泉や観光が地域経済を支える静岡県伊東市。今春、市内10地区の海岸で防潮堤の新設を見送った。市は住民の意思を尊重したほか、「観光面でマイナスが大きかった」といい、避難路の拡充などを検討する。新井地区の増田直一区長(80)は「防潮堤があると生活が成り立たない」と話す。
県は3年前、防潮堤計画の策定に際し、景観や自然をできる限り守り、住民の意向を重視する静岡方式という考え方をとりまとめた。担当者は「東日本大震災の被災地では防潮堤で多様な議論があったようなので参考にした」と話す。
徳島県は厳しい財政事情を考慮し、今後20~30年で優先的に整備する39海岸を選び、一部で着工した。国の指針より高さは低いが、「避難時間を確保する高さ」という基準を設け、既存の堤防のかさ上げや補強で対応している。事業費は600億円。担当者は「国の補助金が薄い自治体で国の指針の防潮堤をすぐに整備することは難しい」と話した。(加藤裕則、渡辺洋介)